はじめに
ランサムウェアによる被害は、ある日突然、予兆なく発生します。
感染がひとたび広がれば、業務の停止や機密情報の暗号化、さらには多額の身代金要求にまで発展するおそれがあり、企業活動に甚大な影響を及ぼしかねません。
こうしたサイバー攻撃への対応には、「攻撃の実態を正しく理解すること」と、「被害を未然に防ぐための備えを講じておくこと」が極めて重要です。
本記事では、ランサムウェアがどのような経路で企業内に侵入するのか、また攻撃者が用いる典型的な手口について整理しながら、組織として実施すべき対策についてわかりやすく解説していきます。

ランサムウェアの主な感染経路と攻撃の手口
ランサムウェアは、巧妙かつ多様な手段を用いて企業のネットワークに侵入し、システムの内部まで影響を及ぼします。
ここでは代表的な5つの感染経路を取り上げ、それぞれの仕組みと企業として講じるべき対策について詳しく解説します。
① フィッシングメール(メール経由)
概要
フィッシングメールとは、業務連絡や取引先からの連絡を装って送られる、不正なメールのことです。
こうしたメールにはマルウェアが仕込まれた添付ファイルや、不正なウェブサイトへ誘導するリンクが含まれており、従業員がそれらを開いたりクリックしたりすることでランサムウェアが実行されます。
巧妙なケースでは、実際の取引先とのメール履歴を盗用し、文面も本物そっくりに偽装されているため、一見しただけでは不審な点に気づきにくいことが特徴です。
攻撃者の手口
- 「請求書」や「業務資料」の名目で、WordファイルやExcelマクロを送付する
- メール本文にリンクを埋め込み、クリック先でマルウェアをダウンロードさせる
- Emotetなどを介して取引先との過去のメールを引用し、本物と見分けがつかないメールを送信する
注意点
このような攻撃を防ぐには、まず従業員が不審なメールに気づけるリテラシーを持つことが重要です。定期的なセキュリティ教育や、模擬フィッシングメールを用いた訓練を通じて、日頃から警戒意識を持たせる必要があります。
加えて、技術的な対策として、受信メールの添付ファイルやリンクをサンドボックス環境で自動的に検査する仕組みを導入することで、悪意のあるファイルの開封を未然に防ぐことが可能です。また、外部メールであることを明確に表示するなどの視認性の工夫も、ユーザーの判断ミスを減らすうえで効果的です。
情報システム部門には、教育と技術の両面から従業員を支援する体制を構築する責任が求められます。
② ソフトウェアやOSの脆弱性の悪用
概要
業務で使用しているOSやアプリケーションの中には、日々新たな脆弱性が発見されており、これらが修正されるまでの間は攻撃者にとって格好の侵入口となります。
攻撃者は自動化されたツールを使ってネットワークをスキャンし、侵入できるポイントを探し出します。OSやネットワーク機器の脆弱性が修正されないまま侵入を許すとランサムウェアを社内全体に展開させてしまいます。
攻撃者の手口
- SMBプロトコルの脆弱性(例:WannaCry)をスキャン、悪用し自動感染させる
- Exchange ServerやApache、VPN製品のゼロデイ脆弱性を悪用し管理権限を奪取する
- パッチ適用が遅れている公開サーバや社内端末をピンポイントで標的にする
注意点
このタイプの攻撃を防ぐためには、まず社内で使用しているシステムやソフトウェアのバージョン状況を正確に把握し、優先順位をつけてタイムリーにパッチ(修正プログラム)を適用する体制を整えることが基本です。
ただし、基幹業務系のようにパッチ適用が難しい環境もあるため、そうしたシステムに対しては、ネットワークセグメントの分離やアクセス制御といった補完策を組み合わせる必要があります。
また、脆弱性に関する公開情報をリアルタイムで追跡し、状況に応じて迅速に対応方針を決定できる体制を整備しておくことも、継続的なセキュリティ維持には不可欠です。
③ RDP(リモートデスクトップ)・VPNへの不正アクセス
概要
RDP(Remote Desktop Protocol)やVPNといった、外部から社内システムに接続する仕組みを狙った攻撃も多発しています。これらの機能は便利である反面、設定が不適切だったり、パスワードの管理が甘かったりすると、攻撃者にとっては直接社内に侵入できる“裏口”となってしまいます。
とくに、インターネット上に公開されているRDPは、総当たり攻撃(ブルートフォース)や、流出した認証情報の悪用といった手法で突破されやすく、非常に危険です。
攻撃者の手口
- 総当たり攻撃(ブルートフォース)によってRDPのID・パスワードを突破する
- VPN製品の脆弱性(例:Pulse Secure、Fortinet)を突いて社内LANへ侵入する
- ダークウェブ上で流出した企業アカウント情報を購入・悪用して内部アクセスする
注意点
このようなリスクを抑えるには、多要素認証(MFA)の導入が非常に効果的です。これにより、パスワードが漏洩した場合でも不正ログインを防げる可能性が高まります。
また、RDPをインターネットに公開すること自体を極力避けるべきであり、どうしても公開が必要な場合でも、接続元IPアドレスの制限や接続ログの取得・監視を徹底することでリスクを軽減できます。
さらに、外部からのアクセスに対しては、SIEM(セキュリティ情報イベント管理)ツールによる挙動監視やログ分析体制の整備も有効で、異常なアクセスの兆候を早期に発見し、迅速に対処することが可能となります。
④ 偽装ソフト・正規アップデート・Web広告などによるサプライチェーン攻撃
概要
一見すると正規のソフトウェアやアップデートに見えるものが、実は攻撃者によって改ざんされ、マルウェアが仕込まれていたという事例も増えています。こうした手口は「サプライチェーン攻撃」と呼ばれ、ソフトウェア提供元や広告配信サービスなどの信頼関係を悪用する点が特徴です。
また、正規の広告ネットワークを通じて悪質なコードを配信する「マルバタイジング(悪意ある広告)」も、Web閲覧中にユーザーの意図なく感染を引き起こすリスクがあります。
攻撃者の手口
- ソフトウェア更新ファイルにマルウェアを混入させる(例:SolarWinds事件)
- 無料ソフトや業務ツールを装った偽のインストーラーを配布し、ランサムウェアを実行させる
- 大手ニュースサイトやブログを閲覧中、広告配信ネットワーク経由でマルウェアに感染させる
注意点
この種の攻撃に対しては、ソフトウェアの導入時に提供元の正当性やファイル署名の有無を厳格に確認することが基本です。可能であれば、ファイルのハッシュ値(チェックサム)による正当性検証も併用しましょう。
また、企業としてサードパーティ製品を導入する際には、セキュリティレビューの工程を調達フローに組み込むことで、より安全性の高い製品を選定できます。
加えて、DNSフィルタリングやEDR(エンドポイント検知・対応)といった多層的な防御手段を取り入れることで、未知の脅威にも柔軟に対応できる体制を整えることが重要です。
⑤ USBメモリや外部デバイスを使用した攻撃
概要
USBメモリや外付けハードディスクなどの外部記憶デバイスを介してランサムウェアが拡散するケースも、特に製造業や研究機関などのクローズド環境で多く報告されています。
この攻撃では、感染済みのUSBメモリが業務端末に接続されることで、マルウェアが自動実行され、ネットワーク全体に拡散する恐れがあります。中には、攻撃者が物理的にUSBを故意に施設内に落とし、誰かに拾わせて接続させる「USBドロップ攻撃」と呼ばれる手法も存在します。
攻撃者の手口
- USB内にマルウェアを仕込み、接続時に自動実行させる(AutoRun機能の悪用)
- 外部業者・協力会社が使用していたUSBを介して社内ネットワークへ感染を拡大させる
- 構内に意図的にUSBを落とし、従業員に拾わせて接続させる「USBドロップ攻撃」
注意点
このような物理メディアを利用した感染を防ぐためには、まず企業全体でUSBや外部ストレージの使用ルールを明確に定める必要があります。具体的には、USBの利用を申請制とし、事前に承認された社内管理用のUSBメモリのみ使用を許可する仕組みを設けることで、リスクのあるデバイスの接続を防止できます。
また、WindowsなどのOSに搭載されている「AutoRun(自動再生)」機能は無効化しておくべきです。この機能が有効になっていると、USB接続時にマルウェアが自動的に実行されてしまうリスクがあります。
さらに、DLP(データ損失防止)やデバイス制御ソリューションを導入することで、承認されていないデバイスの接続をシステム的に遮断したり、情報の持ち出しやマルウェアの侵入をリアルタイムで検出・防止することが可能となります。
まとめ
ランサムウェアの攻撃は、巧妙かつ多様な手法を駆使して、企業の防御の隙を突いてきます。どれだけ強固なセキュリティを整えていても、「たった一つの判断ミス」や「見落とされた設定の甘さ」が致命的な結果を招くことがあります。
そのため、感染経路や手口を正しく理解し、「人」「技術」「運用」の3つの視点から多層的な対策を講じることが重要です。
今すぐ見直すべき5つのポイント
- フィッシング対策教育:模擬訓練を含む継続的な教育の実施
- 脆弱性管理体制:資産の棚卸とパッチ適用フローの明確化
- 外部接続の管理強化:MFA導入、RDP非公開設定、アクセス監視の徹底
- サプライチェーン対策:製品の信頼性確認とセキュリティ要件の明文化
- USB制御:使用制限ルールの策定と技術的な遮断の仕組み導入
おわりに
ランサムウェアの脅威は日々進化しています。攻撃手法の変化に対応するには、一度きりの対策では不十分であり、継続的な見直しと改善の仕組みを社内に根付かせる必要があります。
自社が「狙われていない」と思い込まず、常に「明日は我が身」という危機感を持って備えることが、被害を防ぐ最大の防御策となります。
「ランサムウェアとは?」目次
- 【第1章】ランサムウェアの基本的な仕組みと脅威の本質
- 【第2章】ランサムウェアの感染経路と攻撃方法
- 【第3章】企業が取り組むべきランサムウェア対策 《8/18公開予定》
- 【第4章】感染時の緊急対応フローと社内対応マニュアル整備 《8/25公開予定》
- 【第5章】バックアップは企業を守る最後の砦 《9/1公開予定》
- 【第6章】今後の脅威動向と企業がとるべきセキュリティ戦略 《9/8公開予定》
- 【第7章】今すぐできるランサムウェア対策の第一歩 《9/15公開予定》
サイバー攻撃から企業と顧客を守るためにも、ぜひ最後までお読みください。